まあおじいさん!ご連絡下さるっていってたじゃないですかあ
自転車がついにいかれた。
ここ数年、たまーに乗ると思うように進まなくて、筋肉量的な衰えにも心当たりがありまくりだったのでそのせいかななんて思っていたり。
大した坂道もないのに、常に立ち漕ぎしなきゃ進まないもんだから、ペダルの重さと反比例するように乗る回数はどんどんと減少していっていた。
昨夜は、先日加入したMMOのレイドコンテンツ(難しいやつ)に挑むパーティーの初の週制限消化が控えていたため、夕飯の買い出しに急がなくてはならず、そういえばと思い出したように数ヶ月ぶりに騎乗を決めた。
いざ漕ぎ出すと、ヘヴィでもかけられたかのように全然進まずそれどころか負荷をかけたフィットネスバイク…みたい…な……お…重っ…いんですけど………!!!!!
ドゥンードゥドゥーン…ff14おなじみトトラクの千獄のあのSEがよぎる。
マラソンしたかのように喉が痛くなり、
道半ばの平坦な場所で降りた。
私の後ろから前からと向かってくるチャリ人(チャリに乗った人)がスイスイとすれ違っていく。
こ、これは…かっこわるすぎる。
在宅ワークの弊害か?これはもうほぼ人類としてオワコンなのではと考えながら、
並走させるに邪魔になるペダルを逆回転させようとすると…動かないのだ。
え?チャリのペダルって逆回転させたらチャラチャラいってめっちゃまわるもんだよね?
子供の時めちゃめちゃそれで遊んだ気がするし。
チェーンがはずれてるとか?何か挟まってる?ネズミとか。
暗がりの中色々確認すると、問題はないものの、一つの可能性として気になったのは真っ赤な錆。
うーん…油とかさせば復活したりするのかな。
めちゃくちゃ邪魔くささを感じながら、商店街まで自転車を押していった。
商店街には一店だけ、老舗っぽい自転車屋さんがある。
店主らしき方はおじいさんなのだが、多分悪い人ではなのだが愛想があるわけではなくどことなく怖そうで、タイヤの空気を入れようとした時のそっけないやりとりを思い出し、少しの苦手意識を持っていた。
店先で、親子向けの自転車を修理する店主さんの姿があった。
「あのー…すみません」
「はい?」
「自転車直るか見ていただきたくて」
「はいはいまってね!!!」
「あっはい…;;;;」
視線は手元のままの返答に萎縮する私。
どのくらい待てばいいんだ…一体どこで待てば…寒い…おじいさん…まだ?
車通り人通りの多い店先で15分ほどまごまごとしただろうか。
やっと手を止めた店主が「はいはいどれどれ」なんて言いながら私のチャリの問診をはじめた。
おそらくチェーンが錆びてるのが原因で、その他ブレーキなども錆にやられていそう、金額的には5-6,000円で直るはずとのこと。
我が家のアパートの自転車は屋根がなく野ざらしタイプのため、買った時からその覚悟はしていた。
最初のうちは自転車カバーなどをかけてみたものの、風が吹けば倒れ、雨の後に乗る際にシートの処遇に困ったため、自分会議の末カバー制度は廃止することとなった。
待ち時間に置かれている自転車を見ると、平均1万2,000円くらいといったところか、まぁ新品を買うよりは良いかと、自転車を預け修理をしていただく決意を固めた。
連絡先の記入などで軽くおじいさんと話してみると、おしゃべり好きの気のいいおじいさんという感じで可愛らしかった。
聞いてもいないのに、「先日大学生に怒られちゃったのよ!」なんて話しをされた。
話し方が昔めちゃくちゃ怖がられてた水泳のおばあさん先生に似ていたので、懐かしくも思えてきた。
水泳の先生は、数年お世話になってたにもかかわらず、私の名前を毎回1文字だけ間違えていた。私もどうでもよかったので訂正はしなかった。周りは毎回訂正してくれていたのだが、ずっと間違え続けてた。
ネイルアートなんてない時代に、魔女のように先の尖った爪に真っ赤ネイルをよくしていた。泳ぎ方の手を教えてもらうとき、力が入りすぎていてよく手の甲や手首に突き刺さっていた。
名前間違いや言葉の勢いや爪は鋭いものの、すこしせっかちでそれゆえにちょっと間違っちゃうことも多いのだななんて思っていたので、結構面白く好きだった。怒られた時は怖かったけど。とにかくその魔女のような強烈な個性を私は気に入っていた。
自転車の話に戻ると、予算からオーバーした時には連絡するからその上で直すかどうか決めていいよなんて言われて、電話番号も記入して帰宅した。
翌日、予想外の出費だったのでやれやれとお金をおろして自転車屋さんにいくと、店先に愛車(野ざらしでほぼ虐待してしまってるが)が置いてあった。
「こんにちは、昨日修理をお願いしたものです」
「あ〜!来てくれたあ!」
めちゃくちゃ嬉しそう。
バックれられることとかあったのかな。
嬉しそうな歓迎におじいさん可愛いポイントが上昇した。
レジ横には奥さんらしきおばあさんがいて、キジトラの猫が寝ていた。
実家の猫と同じ柄で嬉しくなった。
猫飼ってる老夫婦に悪い人はおらん。
直したところを一生懸命説明してくれるおじいさん。
錆びて動かなくなったチェーンまでゴミ袋から持ってくる始末。
マシンガンのように話し続けるおじいさんにおばあさんが「ふふっ」と笑っていた。
良いご夫婦なんだろうなと伺えて、少しほっこりした。
ハンドル部分やカゴのサビも塗装してくれたとのことで…うんうん、ありがたい。
「ちょっと足出ちゃってね、合計7,000円!」
って、しれっとオーバーしとるやん。
オーバーした場合には連絡くれる手筈だった気がする。
少しだけ物申したくはなった。
ルチル・フローレスになって「まあおじいさん!ご連絡下さるっていってたじゃないですかあ」なんて可愛く伝えられたらよかったんですけど。
とはいえ嬉しそうに色々直してくれたおじいさんが可愛いかったので、チップの気持ちでよしとしました。
毎日何台も自転車売れるわけじゃないだろうし、小さくでも経済が循環していくのなら良いからね。
「なるべく乗ってあげてね!!」と、私の自転車のサドルを撫でるおじいさん。
自転車への愛情を感じた。そうよね、この仕事長いんだもんね…プライドと誇りを持って挑まれてるだろうし。
サドルにはチョークで「ブレーキ…」などと書かれている痕があった。
書いても良いんだけど、これは消えなかったの?手術痕みたいなものかな…いいけど。
自転車屋さんを出て、少しだけ遠回りをして帰った。
自転車ってこんなに楽だったのかと思うほどペダルが軽かった。
一体何年我慢していたんだろう。
「乗ってあげてね!」といっていたおじいさんを思い出す。
そうだね、愛車としてもちょっと可愛がってあげようかな。
PUIPUIモルカーのように何かと重ねてみたら愛着もわくかもしれない。
名案だ。
漕ぎながら、ちらと自転車に微笑みをむけた。
「……そうだな………………カマキリ……は……すごくいやだな。」